1:2016/09/11(日) 20:08:55.24 ID:
25年ぶりのリーグ優勝を決めた広島カープ。前回優勝した1991年は、一人の選手のためにチームが一つになって戦った。
「炎のストッパー」と呼ばれた津田恒実さんが、マウンドを降りて闘病生活を始めていた。
恒実さんは2年後に亡くなり、その長男大毅さんはいま、27歳。
リーグ制覇に「ようやく父の思い出と向き合えるきっかけをもらえました」と語る。

恒実さんは当時、脳腫瘍(しゅよう)を患っていた。
91年4月、激しい頭痛に苦しみ、 自宅のソファで起き上がることも困難なのにその夜のマウンドに立った。1死も取れずに降板し、入院生活に入った。

深刻な病状に、残った選手は発奮した。
当時の守備走塁コーチ木下富雄さん(65)は「津田のために優勝しようと一つになったとき、見えない力が働いた」と振り返る。
病室を見舞った監督の山本浩二さん(69)が「わしが優勝旅行に連れて行っちゃる」と誓った通り、7・5ゲーム差をひっくり返して優勝した。

このとき、大毅さんは2歳だった。2年後に恒実さんが32歳で亡くなったことも「記憶としては、ほとんどない」。だが、周囲にとっては「津田の長男」。
野球を始めた大毅さんに、早世した剛腕投手の物語の続きを期待した。
自然な流れで投手になったが、「『津田の息子』というのは重荷でしかなかった」。


 大毅さんは中学生のとき、何かと言えば父と比較されていらだちを見せた。
母の晃代さん(53)はそんな息子に言った。「父さんは父さん、あなたはあなたの人生。野球を辞めたいときは、いつでも辞めればいい」。でも野球を続けた。

 大学1年のとき、父のプロ入り当時の監督だった古葉竹識さんがいる埼玉県の大学に編入した。持病の腰痛もあって思うような結果は出なかった。大学卒業で野球生活からは身を引いた。「野球を辞める寂しさと、父から解放されたという安堵(あんど)の気持ちがあった」と複雑だった。

 社会人になり、野球から離れて5年がたった今年。カープの快進撃を伝えるニュースに触れ、「今までのように逃げた先に何があるのか」と考えるようになった。
「父を思ったとき、自分を負い目に感じて生きてもらうより、ちゃんと向き合ってくれていたほうがうれしいと思うだろうなと」

 跳びはねるようなフォームで、闘志が乗り移ったような直球を投げ込んだ恒実さん。本当は気弱だったという性格を乗り越えるため、「弱気は最大の敵」と書いたボールを持ち歩いていた。

 大毅さんは、山口県にある恒実さんの生家を、父の記念館にし、ボールなどの遺品を展示できないかと考え始めている。そう提案された晃代さんは「突然だったので、とっても驚きました。父親の存在というのを改めてすごい、と思ってくれたのかもしれません」。

 「息子は父親を知らないままでしたが、なにかに挫折したとき、父親の生き様が力になればいいなとも思っていました」と晃代さんは語る。25年ぶりの優勝が、父と息子の距離を近づけた。

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津田恒実とは
1960-1993 昭和後期-平成時代のプロ野球選手。昭和35年8月1日生まれ。投手,右投げ右打ち。協和発酵をへて,昭和57年ドラフト1位で広島カープに入団。同年11勝をあげ新人王。その後,血行障害に悩まされ登板が減ったが,61年抑えに転向して22セーブをあげてカムバック賞を受賞。平成元年12勝28セーブで最優秀救援投手。武器は速球で「炎のストッパー」とよばれた。3年水頭症のため引退。通算成績は49勝41敗90セーブ。平成5年7月20日脳腫瘍で死去。32歳。24年野球殿堂入り。山口県出身。南陽工卒。
5:2016/09/11(日) 20:10:58.22 ID:
泣いた!
7:2016/09/11(日) 20:12:45.44 ID:
若くして惜しい人を亡くした 前健の感じかな
8:2016/09/11(日) 20:14:26.60 ID:
つまりプロ野球選手だった津田恒実とは向き合えても
父親としての津田恒実とは今でも向き合えていないということですか
物心つかないうちに亡くなっちゃったからしょうがないね
11:2016/09/11(日) 20:17:00.27 ID:
葬儀屋だっけ?ちゃんと働いてるから偉いよ
でもできれば母ちゃんの近くにいてやれ
13:2016/09/11(日) 20:17:50.05 ID:
>>1
たかがカイワレで何が向き合えるだよw
14:2016/09/11(日) 20:18:03.21 ID:
エエ投手やったな~父さん( ;∀;)
17:2016/09/11(日) 20:22:08.53 ID:
あの津田の息子だもんな 特別な目で見てしまうわな
22:2016/09/11(日) 20:26:29.25 ID:
>>1
そうか津田の息子が27歳か...25年やね
 
25:2016/09/11(日) 20:27:28.46 ID:
>>1
後の山口敏太郎である
38:2016/09/11(日) 20:44:52.67 ID:
息子



42:2016/09/11(日) 20:47:55.28 ID:
>>1
こんな話要らんねん
水差すなボケ!
44:2016/09/11(日) 20:57:33.88 ID:
津田が野球殿堂入りしたときこんなニッコニコで授賞式に出しゃばって来たのに
まだ父親の思い出と向き合えるきっかけをもらったとか言ってるのかこのバカ息子はw

45:2016/09/11(日) 20:58:10.09 ID:
>>1
意味不明
49:2016/09/11(日) 21:16:50.55 ID:
>>44
奥さんすごい美人
50:2016/09/11(日) 21:17:48.63 ID:
>>44
奥さん可愛いなぁ
52:2016/09/11(日) 21:22:37.97 ID:
>>1
無理矢理こじつけてる糞記事だな
57:2016/09/11(日) 22:24:14.37 ID:
>>44
三冠王取っても入れない選手がいる日本の野球殿堂に入るって津田投手って凄いピッチャーだったんだね。
58:2016/09/11(日) 22:34:27.49 ID:
>>1
赤羽東口か
59:2016/09/11(日) 22:39:41.64 ID:
津田のドキュメンタリー見たわ
奥さん、凄く美人だった
再婚しなかったんだねえ
60:2016/09/11(日) 22:44:00.89 ID:
>>57
三冠王をとっても入れないって誰よ
松中は引退したばっかでしょ

流石に津田はねーとおもったけど
61:2016/09/11(日) 22:48:13.93 ID:
尾崎裕哉と境遇が激似。物心つく前に父親が夭逝。父と同じ職業に。
偉大な父と比較される十字架を自ら背負い込んで苦しむ。